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 コラム


1.酸性雨とは

 水は様々な物質を溶かすことができます。そのため洗濯など汚れを洗い流すのに用いられます。汚れは水の中に取り込まれるわけです。

 自然界では図1のように降水は水の循環の一部分であり,含まれる物質は水とともに大気から土壌、河川・湖沼へ運ばれます。このとき,大気汚染物質である硫黄酸化物窒素酸化物などが酸として降水に取り込まれている現象が酸性雨です。

 この現象は “雨”として広く知られていますが,近年では“酸性沈着物“と呼ばれてもおり,他の降水や霧の沈着(湿性沈着),またこれら水を介さないで直接ガスやエアロゾル(粒子)としての沈着(乾性沈着)も含めて考えられています。


2.酸性雨の影響


 土壌中に酸性雨からの酸(水素イオン)が入って来ると、中和され、植物に必要な栄養であるカルシウムイオンマグネシウムイオンが溶出します。
 またさらに進行すると鉱物を分解し、水生生物や植物に有害なアルミニウムイオンが溶出します。
 ついには酸はそのまま流出し、地下水や湖沼、河川を酸性化します。アルミニウムイオンの溶出が起こるときが限界点と考えられています。

 土壌の酸性化が進むと陸水に対する影響が起こってきます。欧州や北米における湖沼の酸性化は深刻であり、北欧では湖沼に石灰を撒くなどの対策を行っていますが、決め手となる方法は見つかっていません。

 これら湖沼の酸性化による生態系への影響は、調査や、実験によって確認されており、湖水のpHの低下によって稚魚が死滅することにより、大型の魚しか生き残れなくなります。
 陸水の酸性化では,pH6.5 以下になると被害が出始め、pH4.5 以下になると、魚の餌にはならない昆虫以外はほとんど死滅してしまい、白い苔が湖の底に増えてきます。日本においては降水などによって酸性化したと証明された湖沼は見つかっていません。

 しかし、中部山岳地域の小河川のpHが年々低下することや春先の雪融け時に湖沼のアルカリ度が大きく低下する現象も報告されています。

 土壌の酸性化は陸水のみでなく、植物にも影響を与えます。また植物は酸性霧や酸性ガスの影響も受けることが懸念されています。1973年に関東地方でキュウリやタバコが茶褐色に枯れる被害は霧雨に含まれていた酸や過酸化水素などが原因と考えられています。

 また,ドイツの黒い森におけるモミの被害やアメリカ,ニューヨーク州のホワイトフェース山脈におけるトウヒの被害などが,酸性の降水や霧(雲)による影響の可能性として有名です。
 写真1 ※クリックすると拡大表示されます。

 写真1
はブラックトライアングルと呼ばれるドイツ-チェコ-ポーランドに囲まれた地域で1995年に撮られたものです。多くの森林が枯れてしまった様子が良く分かります。
 また酸性雨が影響を及ぼすのは自然環境だけではありません。
 建造物などへの影響では,欧州の彫像や歴史的建物(教会など)などの被害が有名です。
 写真2    ※クリックすると拡大表示されます。
 写真2はドイツのケルン大聖堂の外壁です。
 年間10億円をかけて修復を行っています。
 日本では酸性雨つららが有名です。また、酸性雨の元となるガスなどの影響は室内にも及ぶため、彫刻や絵画、書籍にも影響は及び、日本では日本刀も話題になりました。

 一方,酸性雨による健康影響も懸念されています。環境の酸性化が著しいスウェーデンでは、国民の半数は地下水を上水源に用いており、酸性化した井戸水がパイプの金属を溶かしだすことによって,洗った髪の色が緑に変わった例があります。また、乳幼児に蔓延していた原因不明の下痢も水道水中の銅や亜鉛が原因と考えられています。この他にも、酸性霧では、喘息患者への健康影響が問題になっています。
 年間10億円をかけて修復を行っています。
   
3.酸性雨の成分

 酸とは,「水素イオン(H+)を生ずる化合物」であり,降水中の水素イオン濃度を表す指標がpH(ピーエッチまたはペーハー)です。

 きれいな水に大気中の二酸化炭素が十分溶け込んだ場合のpHが5.6であり,それ以下の場合は大気汚染物質由来の酸などが入っていると考えられるため,酸性雨の目安をpH5.6とする場合が多いのですが,周辺の火山やアルカリの土壌の影響によって本来の降水のpHは異なります。自然由来の発生源を考慮してpH5.0を基準としている場合もあります。

  一方,降水中に含まれている物質は水素イオン(H+)だけではありません。主なイオン成分は、硫酸イオン (SO42-)硝酸イオン(NO3-塩化物イオン(Cl-などの陰イオンと、ナトリウムイオン(Na+カリウムイオン(K+カルシウムイオン(Ca2+マグネシウムイオン(Mg2+びアンモニウムイオン(NH4+などの陽イオンです。

 また,降水成分では降水量が少ないところでは濃度が高く,降水量が多いところでは降った酸の量は多いにもかかわらず濃度は低くなります。そこで沈着量(濃度×降水量)として評価を行う場合が多くあります。

4.世界の酸性雨

 酸性雨(Acid rain)という言葉は、19世紀後半、英国のアンガス・スミスが著書「大気と雨」において当時の大気汚染を形容するのに初めて用いた言葉といわれています。

 しかし、当時は健康被害を引き起こす局地的な大気汚染問題が主であり、降水の酸性化はその副産物でしかありませんでした。むしろ降水は大気汚染物質を取り除いてくれるまさに「恵みの雨」でした。その後、局地的な大気汚染問題を解消するため、煙突を高くして大気汚染物質を遠くへ拡散させる対策をとりました。これにより、工場近くの大気中の汚染物質濃度は減少しましたが、排出される量はむしろ増加し、大気汚染物質の発生源から遠く離れた地域でありながら、降水中には多くの大気汚染物質が含まれるようになりました。その結果,酸性雨先進国とよばれる欧州北米では様々な被害が認められました。

 現在は、欧州や北米では、降水の酸性化の原因物質である硫黄酸化物の排出などが削減されつつありますが、世界的には大気汚染物質の排出量は減少しておらず、産業革命以来進行しつづけていると考えられています。特に現在、アジアなどの発展途上国におけるエネルギー消費量の増加は著しく、降水の酸性化に関わる世界の研究者は、東アジアを今後最も被害が予想される地域として指摘しており、日本もこの地域に含まれています。

日本において初めて降水の酸性化が認識されたのは、健康影響によってでありました。1973年夏に、霧雨によって、関東地方を中心に目や皮膚の刺激を訴える人が出ました。その数は翌年には3万人を越える被害も報告されました。これを契機に日本でも多くの酸性雨に関する調査研究が始まりました。
5.降水の酸性度

 実際に土壌、陸水の酸性化が起こった欧州や北米の降水の平均pHの分布を図2、3に、また日本の平均pHの分布を図4,5に示します。
図2 図3 図4 図5
 また世界の降水中のSO42-、NO3-濃度及び沈着量を図6に示します。

 欧州や北米では、いずれもpH5.0以下の範囲で河川や湖沼の酸性化した地域がみられ、pH4.5以下ではより多くなっていることがわかります。

 一方、日本においてもほとんどの地域でpHは5.0以下を示しており、一部地域では年平均pHが4.5以下を示す場合もみられます。また世界の降水中のSO42-、NO3-濃度及び沈着量をみると、日本の50%値(中央値)は欧州や北米の中間であり,欧州や北米では横ばいか減少する傾向であるのに対し,日本を含む東アジアでは増加傾向を示しています。これらのことから、日本の降水はpH、SO42-、NO3-濃度及び沈着量とも欧州や北米と同程度であり、酸性雨に対して弱い地域では,いつなんらかの被害が発生してもおかしくない状況にあります。

 北海道の降水のpHを図7に示します。

北海道では、都市部である札幌圏及び旭川などで平均pHは低い値を示し、全道的には日本海側でpHが低い傾向がみられました。またnss-SO42-は道央部や日本海側の地域で濃度が高く、沈着量が多い傾向がみられ、NO3-は道央部の地域で濃度が高く、沈着量が多い傾向がみられています。

 札幌における長期調査結果を図8に示します。

 1990年前後を境に、pHが低下し、H+沈着量が増加する傾向がみられます。これは、アスファルト粉じんが減少したことに起因します。酸性成分であるnss-SO42-,NO3-は濃度、沈着量とも減少か横這いの傾向にあり、アルカリ成分の減少が降水の酸性化を引き起こしたものです。酸性化は冬期に顕著で、程度や時期の差はありますが、道内の各地域でも同様の傾向がみられています。また北海道と同じくスパイクタイヤを使用していた東北地域においても、同様の雪の酸性化が進んでいます。
☆pH,成分濃度及び沈着量の長期トレンド図
札幌

苫小牧東部
苫小牧
※さらに詳しい図がご覧になれます。

 北海道や東北地域では積雪の期間も長く,雪の酸性化は酸性雪として極めて重要な問題となります。酸性雪は春先の融雪時まで汚染物質を蓄積します。融雪初期には濃縮されたpHの低い融雪水が流出し,河川や湖沼にの陸水生態系に大きな影響を及ぼします。

 北海道の積雪のpH分布、及びその長期的変動を図9に示します。

 積雪水量の多い日本海側の地域でpHが低い傾向が見られます。また前述したようにアスファルト粉じんが減少したため、1988年と比べ、1992、1996,2000年はpHが低下しています。そのため、日本海側の地域では融雪水による影響が懸念されています。


図9
pH,積雪成分蓄積量分布図
※さらに詳しい分布図をご覧になれます。
pH,積雪成分濃度分布図
※さらに詳しい分布図をご覧になれます。

6.将来の酸性雨対策

 現在、国際的には、欧州(EMEP)、北米のモニタリングネットワーク(NAPAP)に続いて環境の酸性化が顕在化すると懸念されている東アジアにおける酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)が2000年から稼動しております。

 北海道にも利尻根室の落石岬にEANETモニタリングステーションがあります。また国内では環境庁のモニタリングネットワーク(EANET局の他,札幌などを含む国内27局)や全国の都道府県及び政令指定都市の環境研究所による全国調査(第1次:1992-1994,第2次:1995-1997,第3次:1999-2001,第4次:2003からの予定)も行われ,国,地方自治体が協力して酸性雨のモニタリングを行っています。

 このようなリサーチやモニタリング結果により、「どこの国から排出された大気汚染物質が、どこの国のどの地域にどれだけ影響を及ぼすか?」、また「どこで森林の衰退や河川、湖沼の酸性化が進んでいるか?」などの課題が明らかにされるでしょう。さらにこの結果を国内はもとより,世界に公表することによって、各国の対策を促し、酸性雨の原因となる大気汚染物質の排出を抑制することが可能となります。

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